更科そば

2020年06月19日

【序章】
 前回迄東北地方の温泉宿の訪問記を掲載してきたが今回からは幾つかのそば店を紹介したい。
 奥州藤原文化の繁栄が遺した中尊寺や毛越寺等は岩手県西磐井郡平泉町にあり近年には世界遺産にも登録された存在である。これ迄平泉町では地水庵高松庵泉屋のそば店を訪問してきたが今回は駅前や中尊寺の町営駐車場がある中心部からは南に外れた農地に囲まれて営むそば店の訪問記である。

【皀莢庵】
 その店の名は「皀莢庵」、読めるか?
70年近く日本語を常用して生きてきた筆者も初めて遭遇する難読漢字は「さかちあん」と読むそうである。
PC搭載の日本語入力フロントエンドプロセッサの変換候補には絶対に現れない代物を単漢字検索で拾い上げて項目に記載する店名を作成した次第。(折角拾い上げた固有名詞なので怠りなく単語登録も済ませた。)
但しネット上では本稿の表題に採用した平仮名表記の「さかち庵」で通用しているので態々難漢字を掘り起こす必要はない。

【余談:店名の漢字】
 以下に難読漢字の掘り起こしを披露するがこれははあくまでも漢和辞典の領域の話題である。

 「皀」(音読みはヒュウ、ホウ、ヒキ、キュウ、キョウ、コウ、ヒョク、訓読みはない)。異字体は「香」でかおり/かんばしい/かぐわしいの意味を持つ。この文字の部首はしろへん。

 「莢」(音読みはキョウ、訓読みはさや) さや/豆類の種子を包む殻などの意味をもつ漢字で部首はくさかんむり。
「莢」の用例
丸莢【まるさや】[植]さやいんげん(サヤインゲン、莢隠元)。
サイカチ/皀莢【さいかち】
[植]([学名]Gleditsiajaponica)マメ目(Fabales)マメ科(Fabaceae)サイカチ属(Gleditsia)の落葉高木。
[虫]カブトムシの別称。

 「皀」の文字単独では想像すらできなかったが「莢」の用例に挙げられた「皀莢【さいかち】」に至ってその謎は氷解した。
即ち店名の「皀莢庵」はさいかちの木に因んだもので「さいかち」の呼称を「さかち」と短略するのはこの地の方言だろうか。訪問時に近辺でそれらしい高木を見た憶えはないのだが。
因みにウィキペディアにも「サイカチ」の項目があり昆虫との関係の記述が興味深くカブトムシの別称の意味が理解できた。但しこの項目では漢字表記には異字体の「皁莢」が使用されている。


【さかち庵へ】
 仙台市方向から平泉町の「さかち庵」向かう道筋の基本はいつもの通り東北道か下道の国道R4で岩手県一関市を目指すことになる。
東北道を北上した場合は一関ICかもう一つ先の平泉前沢ICでR4へ降りるが後者は一旦南へ折り返し平泉中心街へ向かう冗長な経路となる。
一関ICから降りた下道のR342を東進してR4に入り北に進んだ平泉バイパス南の分岐点から左の旧国道に進む。毎度述べているがこの旧国道は現在県道r300となり平泉町の中核部分となる平泉駅入口や中尊寺の駐車場脇を通過して平泉バイパス北交差点でR4に合流する観光施設アクセス路である。
さかち庵周辺図byGoogle

 さかち庵はr300に入って最初に現れる左折できるT字路分岐を西に進み田園地帯を縦に貫く東北道を潜り抜けた直後の脇道に折れて南下した集落に位置している。
さかち庵の位置by地理院

カーナビでは分かり易い経路に見えたが訪問時は中尊寺Pに併設するスマートICの土木工事の真っ最中で周辺の田圃道は通行止めの規制や迂回路の案内がありこれに従って進むと周辺に配置された幟に迎えられて店先に誘導された。

【さかち庵の外観】
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  さかち庵の外観
 白壁に腰板を配した意匠の店の屋根に掲げられた看板には皀莢庵の文字が誇らしげである。店舗の奥で緑の丘陵を背後にした2階建ての建物は亭主の母屋であろう。
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  看板
屋根上の屋号看板にはさかちあんの読み仮名と電話番号が付記されている。
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  玄関
母屋と店舗を繋ぐ位置にある玄関に懸かる青暖簾が営業中の証し。

【店内】
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  テーブル席
暖簾を分けて入った店内は左手に置かれた茶箪笥の先に目隠し暖簾を下げた厨房の入口がある。左側に拡がるフロアには2脚のテーブルが配置されているが手前の窓側は六角形の個性的な形状に対して奥は一般的な長方形で各々に6名分の椅子が用意されている。
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  小上り
フロアの奥は畳5枚を敷いた小上りに2脚の座卓の設えでこちらも各々6名程の着座が可能である。
開店直後の訪問となり先客は居なかったのでこの小上りに席を定めた。
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  店内風景
用意されている座布団を敷き座卓に落ち着いて店内の入口方向に向けた視線の先にあるのがこの風景。

【品書】
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  卓上の装備
 卓上にはそば店では典型的な塗り物の箸箱と七味の容器に品書の備えがある。
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  品書き
ラミネート加工が施された品書はB4版の大型でA4版が主流の最近では珍しい存在に見える。
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  そばの品揃え
品書を見るとそばは大きく更科そばと手打ち藪そばの二種に分かれている。
更科そばの品揃えは6種の温そばと3種の冷そばがあるが手打ち藪そばは3種の冷そばに限定されている。両者に共通するざるそばは更科が\600、手打藪が¥750で天ざるそばは更科が\950、手打藪が\1050となっており大盛りでも更科が+\100に対して手打ち藪は+\200と手打藪が更科より高額に設定されている。
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  ざるそば
小上りの壁面にも\10の価格差がある更科と手打ち藪のざるそばの掲示がある。
更科そばは本来製粉工程の初期に得られる貴重な一番粉のみを使用して白色透明の麺に仕上げたそばとされているのでこの価格差は腑に落ちないが手打を冠していないので機械製麺であろうか。
後の会計時の会話に依ると使用する蕎麦は県内産ではなく北海道産ということで製粉所を経由する流通ルートから仕入れていると思われる。従って手打ちの藪そばより安価な設定の更科そばに高級な更科粉を使用しているとは考え難く単に手打ちか否かの識別目的で藪と更科の呼称を冠しているのではないだろうか。品揃えからしても種類が豊富な更科そばがこの店の標準仕様で冷そば3種に限定されている手打藪そばは別格の扱いに見える。

Part.2は手打ち藪そば



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