平泉町
2020年06月26日
【手打ち藪そば】
品書の探索を一通り終えて手打ち藪そばの天ざるそば¥1050を注文した。品書にざるそばともりそばの区別がない事に気付いたので刻み海苔の有無を問うと海苔付きと確認できたので海苔無しの提供をお願いした。
暫くして運ばれた海苔無しの天ざるそばは簀の子を敷いた皿盛りで
刻み葱と練りわさびの薬味を収めた竹製容器に
そばつゆの徳利と猪口が付く。
別の角皿に盛られた天ぷらは南瓜、茄子、ピーマンと大葉(青紫蘇)の夏野菜4種に海老が加わる5品となっている。
手打ち藪そばを称するそばは白身が強い中細麺に見える。
仔細に観察すると透明感に乏しい表面に疎らに散りばめられた薄茶色のホシを認め。これらの外見から判断すると丸抜きの蕎麦粉に繋ぎ粉を加えた二八系のそばではなかろうか。
割箸に掬い上げた麺は標準的な3mm程の太さに切り揃えられている。
今までの経験ではそば切りの工程が手作業なら切り幅に多少のばらつきや不規則な切れ端の混入も高い確率で認められる筈だが手打ち藪そばの太さはは極めて均質で機械切断の可能性が脳裏に浮かぶ。
実際に食すると中細の割には麺の腰が弱く茹で過ぎが疑われる。手打で捏ねてしっかり打った生そばを20~30秒程茹でたならもう少し強い腰を感じて然るべきかと思う。
つゆは甘めに仕上げられているが中細麺に適度絡む相性は良い。
腰が弱い故か食感が物足りなく早々に練りわさびの風味を添えることになった。
大方のそばを食べ終えた後に残った短い切れ端は均一な太さを保ったまま千切れており腰の弱さの傍証かと思われる。
【天ぷら】
薄衣の天ぷらは焦げ目もなくさくっとした食感が上質で塩味で賞味したかったが卓上に塩の用意はない。
従ってそばつゆが唯一の味付け手段となるのだが天つゆ用の器もないのでつゆ猪口を共用する羽目に陥る。つゆ猪口に天ぷらを浸すと天ぷらの油が猪口に溜るのでそこに冷たいそばを浸せば油の被膜を纏ったそばを食する以外の選択肢がない。
この様な事態を避ける為に気の利いた店ではつゆ猪口に加えて広口の天ぷら専用つゆ皿を添えており更に高度なサービスになるとそばつゆとは濃度を変えた天ぷら専用の薄めのつゆが専用皿で供されることもある。この様なサービス水準を誇る大概の店では岩塩や抹茶塩、柑橘塩などの塩味手段も欠かさず提供されている。
天ぷらが上質である故に食し方にも幾つかの選択肢が欲しいところだが今回は止むを得ず味付け無しで戴くことになった。
【そば湯】
そば湯はあちこちの店で良く見掛ける円筒型の湯桶に収めて供される。
蓋を外して中を覗くと桶の底が見える程の透明な湯が張られている。ごく普通の釜湯であろう。
残ったつゆにこの湯を注いでそばつゆを割りスープに仕立てるのはそば食の嗜みである。因みに先程紹介した麺の切れ端も加えてルチン成分の増加を図った。切れ端といえども残さずに戴くのはそば食の礼儀であろう。
そば食中には使わなかった刻み葱の風味も加えてそば湯を味わいそば食を終えた。
【さかち庵の代表者】
さかち庵は外観で見た通り二階建ての母屋から東側に増築した平屋部分が店舗に充てられている。
店は男女で運営されており母屋に居住する夫婦が担い手と容易に想像できるが厨房内で立ち働く気配を感じる男性は客席からの声掛けには全く応じずご婦人らしい年配の女性が専ら接客を担当している。
先に述べたざるそばの海苔の有無や食後の清算で厨房に声を掛けても女性が現れるまで全く応答がなく厨房内からは女性を呼んでいる男性の声が漏れ聞こえていた。
既に紹介した会計時の会話で北海道産蕎麦を使用と聞いたのは女性からで会計レジ脇に用意されていた店の名刺は女性の代表者名が記されている。確か店内に掲出されていた衛生管理者も同じ女性名義となっていたので店主はこの人物なのであろうか。但し厨房の気配から伝わる雰囲気からそばを打つ主役は接客を極度に避けている男性ではないだろうかと思う。
【終章】
平泉とはいえ中心部の観光地からは距離がある農村風景の集落で自宅続きに構える店舗は年配夫婦が営むちょっと変わった接客方式が気になるそば店であった。
手打そばの品質には疑念が残るが天ぷらは上質と感じた。次に訪問する機会に恵まれれば今回は経験しなかった更科そばと手打ち藪そばの食べ較べを試みたいと思う。
完
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2020年06月19日
【序章】
前回迄東北地方の温泉宿の訪問記を掲載してきたが今回からは幾つかのそば店を紹介したい。
奥州藤原文化の繁栄が遺した中尊寺や毛越寺等は岩手県西磐井郡平泉町にあり近年には世界遺産にも登録された存在である。これ迄平泉町では地水庵、高松庵、泉屋のそば店を訪問してきたが今回は駅前や中尊寺の町営駐車場がある中心部からは南に外れた農地に囲まれて営むそば店の訪問記である。
【皀莢庵】
その店の名は「皀莢庵」、読めるか?
70年近く日本語を常用して生きてきた筆者も初めて遭遇する難読漢字は「さかちあん」と読むそうである。
PC搭載の日本語入力フロントエンドプロセッサの変換候補には絶対に現れない代物を単漢字検索で拾い上げて項目に記載する店名を作成した次第。(折角拾い上げた固有名詞なので怠りなく単語登録も済ませた。)
但しネット上では本稿の表題に採用した平仮名表記の「さかち庵」で通用しているので態々難漢字を掘り起こす必要はない。
【余談:店名の漢字】
以下に難読漢字の掘り起こしを披露するがこれははあくまでも漢和辞典の領域の話題である。
「皀」(音読みはヒュウ、ホウ、ヒキ、キュウ、キョウ、コウ、ヒョク、訓読みはない)。異字体は「香」でかおり/かんばしい/かぐわしいの意味を持つ。この文字の部首はしろへん。
「莢」(音読みはキョウ、訓読みはさや) さや/豆類の種子を包む殻などの意味をもつ漢字で部首はくさかんむり。
「莢」の用例
丸莢【まるさや】[植]さやいんげん(サヤインゲン、莢隠元)。
サイカチ/皀莢【さいかち】
[植]([学名]Gleditsiajaponica)マメ目(Fabales)マメ科(Fabaceae)サイカチ属(Gleditsia)の落葉高木。
[虫]カブトムシの別称。
「皀」の文字単独では想像すらできなかったが「莢」の用例に挙げられた「皀莢【さいかち】」に至ってその謎は氷解した。
即ち店名の「皀莢庵」はさいかちの木に因んだもので「さいかち」の呼称を「さかち」と短略するのはこの地の方言だろうか。訪問時に近辺でそれらしい高木を見た憶えはないのだが。
因みにウィキペディアにも「サイカチ」の項目があり昆虫との関係の記述が興味深くカブトムシの別称の意味が理解できた。但しこの項目では漢字表記には異字体の「皁莢」が使用されている。
【さかち庵へ】
仙台市方向から平泉町の「さかち庵」向かう道筋の基本はいつもの通り東北道か下道の国道R4で岩手県一関市を目指すことになる。
東北道を北上した場合は一関ICかもう一つ先の平泉前沢ICでR4へ降りるが後者は一旦南へ折り返し平泉中心街へ向かう冗長な経路となる。
一関ICから降りた下道のR342を東進してR4に入り北に進んだ平泉バイパス南の分岐点から左の旧国道に進む。毎度述べているがこの旧国道は現在県道r300となり平泉町の中核部分となる平泉駅入口や中尊寺の駐車場脇を通過して平泉バイパス北交差点でR4に合流する観光施設アクセス路である。
さかち庵はr300に入って最初に現れる左折できるT字路分岐を西に進み田園地帯を縦に貫く東北道を潜り抜けた直後の脇道に折れて南下した集落に位置している。
カーナビでは分かり易い経路に見えたが訪問時は中尊寺Pに併設するスマートICの土木工事の真っ最中で周辺の田圃道は通行止めの規制や迂回路の案内がありこれに従って進むと周辺に配置された幟に迎えられて店先に誘導された。
【さかち庵の外観】
白壁に腰板を配した意匠の店の屋根に掲げられた看板には皀莢庵の文字が誇らしげである。店舗の奥で緑の丘陵を背後にした2階建ての建物は亭主の母屋であろう。
屋根上の屋号看板にはさかちあんの読み仮名と電話番号が付記されている。
母屋と店舗を繋ぐ位置にある玄関に懸かる青暖簾が営業中の証し。
【店内】
暖簾を分けて入った店内は左手に置かれた茶箪笥の先に目隠し暖簾を下げた厨房の入口がある。左側に拡がるフロアには2脚のテーブルが配置されているが手前の窓側は六角形の個性的な形状に対して奥は一般的な長方形で各々に6名分の椅子が用意されている。
フロアの奥は畳5枚を敷いた小上りに2脚の座卓の設えでこちらも各々6名程の着座が可能である。
開店直後の訪問となり先客は居なかったのでこの小上りに席を定めた。
用意されている座布団を敷き座卓に落ち着いて店内の入口方向に向けた視線の先にあるのがこの風景。
【品書】
卓上にはそば店では典型的な塗り物の箸箱と七味の容器に品書の備えがある。
ラミネート加工が施された品書はB4版の大型でA4版が主流の最近では珍しい存在に見える。
品書を見るとそばは大きく更科そばと手打ち藪そばの二種に分かれている。
更科そばの品揃えは6種の温そばと3種の冷そばがあるが手打ち藪そばは3種の冷そばに限定されている。両者に共通するざるそばは更科が\600、手打藪が¥750で天ざるそばは更科が\950、手打藪が\1050となっており大盛りでも更科が+\100に対して手打ち藪は+\200と手打藪が更科より高額に設定されている。
小上りの壁面にも\10の価格差がある更科と手打ち藪のざるそばの掲示がある。
更科そばは本来製粉工程の初期に得られる貴重な一番粉のみを使用して白色透明の麺に仕上げたそばとされているのでこの価格差は腑に落ちないが手打を冠していないので機械製麺であろうか。
後の会計時の会話に依ると使用する蕎麦は県内産ではなく北海道産ということで製粉所を経由する流通ルートから仕入れていると思われる。従って手打ちの藪そばより安価な設定の更科そばに高級な更科粉を使用しているとは考え難く単に手打ちか否かの識別目的で藪と更科の呼称を冠しているのではないだろうか。品揃えからしても種類が豊富な更科そばがこの店の標準仕様で冷そば3種に限定されている手打藪そばは別格の扱いに見える。
Part.2は手打ち藪そば
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